トヨタが開催したTechnical Workshop内において発表してきた、全固体電池をはじめとする次世代バッテリーやギガキャスティング、そしてそれらを採用して航続距離1000kmを達成予定の次世代バッテリーEVについて、世界の最新EVと比較すると、どれほど競争力のあるテクノロジーであるのかをそれぞれ比較しながら、トヨタのバッテリーEV戦略についてを考察します。
航続距離1000km・充電時間20分以内は革新的か?
トヨタは最近、テクニカルワークショップと題する発表会を開催し、バッテリーEV、水素燃料電池、コネクティッド技術などに関する最新の技術について紹介しました。これには、次世代バッテリーの開発動向やスペック、空力性能や軽量化に向けた取り組み、生産工程の大幅な改善など、様々なテーマが含まれていました。そして今回は、これらの新技術が実際にどの程度画期的であるのか、という観点から、主に競合メーカーとの比較を通じて考察していきたいと思います。
まず注目されるのは、トヨタが2026年に発売を予定している次世代BEVのスペックです。なぜなら、2026年に発売されるまでのバッテリーEVは、全てe-TNGAプラットフォームや新たに発表されたマルチパスウェイプラットフォームを採用する予定で、これらのプラットフォームはバッテリーEVに最適化されていないため、EVの性能やコスト競争力で優位に立つことが難しいからです。そのため、次世代BEVが初めてBEV専用プラットフォームを採用するということで、これがトヨタの真の実力を測る重要な指標となります。
この2026年に発売される予定の次世代BEVについて簡単におさらいしてみましょう。トヨタがパナソニックと合弁で設立した電池会社、プライムプラネットエナジー&ソリューションズ(PPES)製の新型バッテリーを搭載し、「次世代電池パフォーマンス版」と名付けられています。これは、現在bZ4Xに搭載されているバッテリーに比べて20%のコスト削減を達成し、充電時間も充電残量10%から80%までをわずか20分で充電完了するとのことです。さらに、車両の電費性能の改善や軽量化により、その航続距離は1000kmに達する見込みで、これがトヨタ史上最も完成されたバッテリーEVとなると期待されています。
次に、すでに発売中、または2023年中に発売予定の最新EVとこれらを比較してみましょう。まず、最も印象的な航続距離1000kmという数字ですが、これは中国独自のCLTCサイクルをベースに計算されています。しかし、このCLTCサイクルは実用走行における航続距離を正確に反映していないとの意見もあり、実際の航続距離はおそらく700kmから800km程度に留まると予想されます。ですから、航続距離を比較する際は、どの基準を採用しているのかを明確に把握することが重要となります。
しかし、すでに市場にはCLTCサイクル基準で1000kmを上回る航続距離を持つ電気自動車が存在します。その一つが中国のジーリーのプレミアムEVブランド、Zeekrの「Zeekr 001」で、特大の140kWhバッテリーを搭載し、1032kmの航続距離を実現しています。また、中国のホゾンオートの中大型セダン、「Neta S」も、117kWhのバッテリーで1075kmの航続距離を達成予定です。
同様に、中国のNIOは新型の半固体電池を搭載したEVを開発しており、その航続距離は最大で1100kmを予定しています。この半固体電池はエネルギー密度が360Wh/kgと業界最高水準で、そのため150kWhの大容量でもNIOの現行100kWh級のバッテリーパックと同じサイズに収めることができ、既存のバッテリー交換システムにも対応可能です。
これらの例は、航続距離1000kmを超えることが特別な目標ではなくなりつつあり、バッテリーのエネルギー密度と電費性能が重要な指標になってきていることを示しています。トヨタの次世代BEVが市場で競争力を持つためには、これらの技術進歩を踏まえた高性能と効率性が求められます。
トヨタの次世代BEVは、充電残量80%までの充電時間を20分以内としており、これはbZ4Xが30分程度を要していたことに比べると大幅な短縮であります。しかし、すでに市場にはこの充電時間を短縮している自動車が存在します。例えば、800Vシステムを採用し、2021年から販売を開始しているアウディe-tron GTは、充電残量10-80%を20分で充電可能であり、さらに日本でも販売されている韓国ヒョンデのIONIQ5も18分で充電可能です。
その上で、中国XpengのフラグシップSUV「G9」は、おそらくトヨタの次世代BEVと同等のバッテリー容量98kWhを持ちつつ、最大充電出力が驚異の430kWで、充電時間はわずか15分となっています。これは2022年時点で、100kWh級のバッテリーを15分で充電可能なEVが既に存在していることを示しています。したがって、トヨタは4年遅れで中国製EVが達成した充電速度を実現しようとしていることになります。
さらに、充電スピードという観点から避けて通れない懸念が、急速充電器の存在です。いくら車両側の充電許容性能が高かったとしても、それを供給可能な充電器が存在しなければ意味がありません。そのため、例えば430kWを許容可能なXpengは、G9の発売と同時に最新のS4スーパーチャージャーの設置を開始しました。これは最大480kWの充電出力が可能で、またNIOもすでに500kW級の超急速充電器を稼働させています。
そして、ファーウェイも600kW級の超急速充電器を開発しており、おそらく2023年末に発売がスタートするフラグシップSUVのAito M9は400-500kW級の充電出力に対応するものと見られています。したがって、ただ充電性能の高いEVを発売するだけでなく、そのEVの性能を最大限に活かすためには充電器側の整備も同時に進める必要があります。トヨタについては、次世代BEVの高い充電性能にマッチした超急速充電器の開発と設置が進められるかどうかが、その本気度を示す重要なポイントであると言えるでしょう。
全固体電池の採用による問題として、充電器側の課題がさらに明確になります。トヨタは全固体電池搭載EVの充電時間を10分で完了すると発表しています。確かに、全固体電池を使えばbZ4Xと比較して2.4倍の航続距離を実現する可能性があり、同じバッテリーサイズでも約2倍の容量を持つことができるでしょう。これにより、100kWhバッテリーがあれば、SUVでも航続距離が800km以上となる可能性があります。
しかし、100kWhバッテリーを10分で80%まで充電するためには、約420kWの充電出力が必要となります。そして、420kWを80%まで継続的に供給することは非常に難しく、実際には500kW以上の充電出力を持つ充電器を整備しなければならないでしょう。さらにバッテリー容量を増やしたり、充電時間を10分以下にしたい場合、700-800kWクラスの超急速充電器が必要になるでしょう。
したがって、全固体電池搭載EVが市場に出る2027年から2028年までに、700-800kWクラスの充電出力を持つ超高性能な急速充電器を開発し、設置しなければならない状況になります。単に充電時間の短縮を強調するだけでなく、充電インフラについても考慮しなければならないのです。
最近話題になっているテスラ規格への移行を含め、トヨタにも中期的な充電インフラや充電規格について詳しく説明する時期が来ていると思われます。
電池の使い分け戦略はテスラ・フォルクスワーゲンに追随へ
テスラやフォルクスワーゲンと比較した時のトヨタの次世代バッテリーの使い分けについての考察は非常に興味深いです。
トヨタは、普及版としてリチウム鉄リン酸塩(LFP)バッテリーを、パフォーマンス版およびハイパフォーマンス版として三元系バッテリーを採用するとしています。また、水素ニッケル電池におけるバイポーラ構造をリチウムイオン電池に応用し、エネルギー密度を高めるとの方針も示しています。
一方で、テスラはエントリーモデルにはLFP、ミッドレンジモデルにはコバルトを抜いたニッケルとマンガンの二元系バッテリーを、エネルギー密度が求められるハイエンド向けには三元系のハイニッケルバッテリーを採用すると発表しています。
さらに、フォルクスワーゲンはエントリーモデルにLFP、普及モデルにはマンガンの使用比率を高めたコバルトレスの二元系バッテリーを採用し、そのセルの形状として、フォルクスワーゲングループ全体の80%のEVで採用するUnified Cellという新しいバッテリーセルを発表しています。
これらの比較から、トヨタのバッテリー戦略は、実際にはテスラやフォルクスワーゲンが既に数年前から提唱していたセグメントごとのバッテリーの使い分け方を採用していることがわかります。その使い分け方についても、LFPとハイニッケルという、競合と同様のアプローチを採用しているため、特に新しいとは言えないかもしれません。
そして、ギガキャスティングについても同様のことが言えます。トヨタが次世代BEVでギガキャスティングを採用すると発表しましたが、この技術はすでにテスラのモデルYなどで実装されています。
すでにテスラだけでなく、例えばXpengについても、最新のG6に対して、フロントとリア両方のギガキャスティングを導入し、7月中から納車を開始する予定です。さらに、AitoのフラグシップEVである、2023年末に発売予定のM9は、業界最大級の9000トンという規模感となります。
全く同様に、トヨタが2026年に導入を予定しているギガキャストについては、特に目新しい技術ではなく、またトヨタ独自の新型テクノロジーによるコスト削減でもありません。この点を冷静に分析する必要があります。
トヨタが今回発表した次世代BEVに関する最新技術については、航続距離1000km、充電時間20分以内、ギガキャストなど、非常に注目すべき技術としてメディアが報じています。しかしながら、世界を見渡すと、航続距離1000kmを達成したEV、充電時間20分を達成しているEV、ギガキャストを採用したEVは既に街中を走っています。
電池戦略についても、テスラが3年前に発表した内容と類似しています。これらの点から、トヨタが世界で初めて実現するような技術ではなく、他社の後追いという側面が否めません。
しかし、トヨタがテスラや中国勢の後を追うことを始めたという事実は、トヨタがこれらのテクノロジーを認めていることを示しています。
例えば、充電時間10分台のEVは燃える危険があると主張していた方々、または、超高速充電によって電力が足りなくなり、EVが普及すると停電すると主張していた方々、さらにはギガキャストは事故が起きればすぐに廃車になると主張していた方々は、果たしてトヨタに対しても同様の主張をできるのでしょうか。
トヨタの次世代EV戦略を見て、テスラや中国勢がどれだけ世界をリードしているかが改めて実感できます。トヨタとしては、テスラや中国勢のテクノロジーを吸収しながら、EV戦争の波乱含みの流れを逆らって進んでいく必要があります。
From: Toyota
Author: EVネイティブ