欧州市場において、中国から輸入される電気自動車に対してさらに多くの関税をかけようとするフランスと、それに対して反発するドイツという内部紛争が発生しているという最新動向に関する背景事情、
そしてその根本要因である、中国製EVのとてつもないコスト競争力についてを実際のEV性能とを比較しながら解説します。
中国製EVをめぐってヨーロッパが混乱中
まず、今回の欧州市場についてですが、現在のEVの動向を巡り、フランスとドイツが水面下で対立を起こしているという情報があります。その主な争点は、中国製EVに対する関税措置を拡大するかどうかということです。
現在、中国で製造された全ての車両をヨーロッパに輸出する際は、10%という関税が課されています。一方で、逆にヨーロッパで製造された車両を中国に輸出する場合は、それよりもさらに高い、概ね15%程度という関税が課されてしまっているのです。
そのため、中国国内で事業を行っている欧米メーカーや日本メーカーは、中国国内で自動車を生産する体制を構築しています。例えば、欧州メーカーが中国に輸出している自動車といえば、メルセデスSクラス、BMW 7シリーズやX7、アウディA7、ポルシェ、ベントレーなど、超高級車に留まっているのが現状です。
では、なぜ現在、主にフランスが主導して、その関税率10%をさらに引き上げようとしているのかについてですが、その主因は、中国メーカー勢、特に電気自動車メーカーの台頭にあります。
詳細については後ほど解説しますが、現在、このヨーロッパ域内には、極めて魅力的な中国製の電気自動車が次々と投入され始めています。それら中国製EVに対しては、一律で10%の関税が課されるわけですから、欧州メーカーとしては、単純に10%分の価格差をつけることができます。そのため、欧州メーカーは中国製EVを迎撃する準備ができているかと思われていました。
しかし、2023年の現在でも、既に欧州メーカー製のEVと比較しても、中国製EVの方がコストパフォーマンスが高くなってしまっています。これは、欧州メーカーにとって、極めて厳しい状況となっています。
そこで、ルノーを筆頭とする大衆車メーカーを抱えるフランスとしては、これ以上コストパフォーマンスで勝る中国製EVが欧州に侵攻してしまうと、自国の自動車産業の崩壊につながりかねないことから、中国製の自動車に対してさらに高い関税を課すことで、中国製EVの侵入を阻止しようとしているのです。
その一方で、この動きがヨーロッパ全体として一枚岩ではないという点が、極めて厄介な問題です。なぜなら、このフランスと水面下で対立している中心的存在がドイツであり、ドイツにはフランス以上の自動車産業があるからです。
ドイツの自動車メーカーは、ほとんどが中国市場における販売シェア率が高い状況です。そのため、もし仮に欧州が一致団結して中国製EVに対する関税をさらに引き上げてしまうと、その報復措置として、中国側も現状の関税率からさらに引き上げようとしてくる可能性があります。
一方で、フランスに関しては、ルノーを筆頭として、中国市場では全くシェアを獲得できていない状況です。これが結果的に功を奏し、中国の報復措置を考慮する必要がない立場となっています。
したがって、中国市場でビジネスを考慮する必要のないフランスと、中国市場で大きなシェアを抱えているドイツが、それぞれの利害を抱えて、水面下で大きく対立している状況ということなのです。
コンパクトEVで中国製EVに完敗中
それでは、現在ヨーロッパに侵攻を開始している中国の最新EVについて、特に欧州で人気のセグメントであるコンパクトハッチバックセグメントとミッドサイズSUVセグメントにおいて、既存メーカーのEVとともに比較していきたいと思います。
まずはコンパクトハッチバックとして、フォルクスワーゲンが発売しているID.3の競合となる、中国傘下のMGが発売中のMG4と、正式なスペックが公開されているBYDドルフィンの3車種を比較していきたいと思います。このBYDドルフィンは、我々日本市場でも間もなく正式にお披露目される予定です。
まず、現在ID.3については、グレード数を大幅に絞ってきています。82kWhバッテリーを搭載した上級グレードも存在しますが、コンパクトセグメントとしては高すぎるため、基本的にはこの62kWhのProグレードしか選択肢がありません。
他方で、ドルフィンとMG4はそれぞれ2種類のバッテリー容量をラインナップしており、ユーザーのライフスタイルに合ったグレードを選べます。そして、3車種ともにEPA基準でおおよそ350km以上という航続距離を確保しています。これはファーストカーとしても十分なスペックです。
さらに、ドルフィンとMG4には、約50kWhという街乗り向けのグレードがあり、航続距離は300kmを切りますが、その分だけ価格を引き下げることができます。
また、充電性能についても特にMG4は、最大135kWというID.3よりも高い充電出力を許容することが可能であり、その充電時間も26分とID.3よりも短い時間で充電が完了します。
すでに中国製EVは、同セグメントにおいてドイツのフォルクスワーゲンのEVよりも高いEV性能を実現し始めています。
そして、今回最も注目すべきはその価格設定です。ID.3の価格は39995ユーロからで、日本円に換算すると約630万円からとなります。これは2023年モデルからさらに値上げされた価格です。
一方で、すでに発売が始まっているMG4は、ID.3と同様に60kWh級のバッテリーを搭載したグレードで4万ユーロ弱ですが、バッテリー容量を少なくしたエントリーグレードをラインナップし、その価格は35000ユーロ以下となっています。
さらに、ドルフィンはさらに価格を抑えており、エントリーグレードについては3万ユーロ以下となっています。ID.3と比較すると、実に150万円以上も安い価格設定となっています。
これにより、ドルフィンは電気自動車というカテゴリーを超えて、同セグメントの内燃機関車よりも安価に提供することができます。日本でいうところのトヨタカローラよりも安価に発売することができています。
そのため、すでに10%の関税が課されているという不利な条件下でも、中国製EVは競合の欧州メーカーの電気自動車はおろか、内燃機関車とも競争できるレベルとなっています。
ミッドサイズSUVセグメントでZeekr Xに勝てるEVは存在せず
次に、コンパクトセグメントとともに欧州で人気のセグメントであるミッドサイズSUVセグメントについても、強力な中国製EVたちが進出しています。
中でも注目すべきは、中国ジーリーのプレミアムEV専門ブランドであるZeekrです。Zeekrは2023年中にも、オランダとスウェーデンで2つの新型EVの納車を開始すると発表しています。1つ目は大型SUVまたはシューティングブレークとして人気のZeekr 001で、2つ目はちょうど中国で納車が始まったコンパクトSUVであるZeekr Xです。
その中でも今回注目するのは後者のZeekr Xです。特にEV性能と内外装の質感に対するコストパフォーマンスがすばらしいです。Zeekr Xを欧州で発売中のSUVセグメントのEVであるフォルクスワーゲンID.4、トヨタbZ4X、および日産アリアと比較してみたいと思います。
Zeekr Xは2つのグレードをラインナップしています。今回取り上げるのはエントリーグレードのRWDグレードで、69kWhのバッテリー容量を搭載しています。その航続距離は欧州WLTCモードで440kmを達成しています。
一方、フォルクスワーゲンID.4は55kWhと82kWhの2つのバッテリー容量をラインナップしていますが、Zeekr Xとの価格を比較すると55kWhのバッテリーが比較対象となります。その航続距離は346kmと、Zeekr Xよりも短いです。
同様に、日産アリアのエントリーグレードの航続距離は404kmと、Zeekr Xよりも短いです。
しかし、トヨタbZ4Xはエントリーグレードでも70kWhを超えるバッテリーを搭載しているため、その航続距離は500km以上と、Zeekr Xの航続距離を上回っています。
次に、充電性能についてですが、Zeekr Xは150kW級という急速充電性能に対応しており、その充電時間は30分以下となっています。
他方で、ID.4、bZ4X、アリアはそれぞれ30分程度であり、これまで中国メーカーは充電性能の最適化にそれほど力を入れていませんでした。そのため、充電性能という観点では、日独メーカーに一歩リードされていたのですが、今回のZeekr Xの充電性能を見る限り、その欠点を見事に克服し、日独メーカーを凌ぐ性能を持っています。
さらに、動力性能については、Zeekr XのRWDグレードであったとしても、ゼロから百キロまでの時間が5.8秒と、他の3車種が持つ平凡なスペックを大きく凌いでいます。このような高い動力性能を持ちつつ、航続距離440kmも確保できているというのは、なかなか簡単には実現できないことです。
また、車両サイズについてですが、確かに今回のZeekr Xは全長が4432ミリと、競合よりも一回り小さいように感じますが、そのホイールベースは実に2750ミリと、ID.4やアリアと比較しても遜色ない長さを確保できています。このため、車内空間については競合と比べても劣ることはありません。
唯一の弱点は、その居住スペースを最大化するために、トランクのサイズが362リッターと一回り小さいことです。これは家族でのロングトリップなどには不便かもしれません。それでも、Zeekr Xはボンネット下の収納スペースをわずかながらでも確保するなど、収納スペースの最大化に余念がありません。
そして、最も注目すべきはやはりその価格設定です。Zeekr Xはオランダ市場で45990ユーロからのスタートを実現しています。それに対してID.4は45390ユーロとほぼ同等の価格設定ですが、そのEV性能はZeekr Xに大きく凌がれています。このため、ID.4にとってはZeekr Xとのコストパフォーマンスの比較では勝負にならない状況です。
さらに、bZ4XとアリアもそれぞれZeekr Xと比較して40-50万円ほど高額となっています。この時点でかなり厳しい状況が見えてきます。
それでも、この日本メーカーの本気のEVには注意すべき点がいくつかあります。特にbZ4Xに関しては、エントリーグレードであるActiveが48995ユーロを実現していますが、シートヒーターやハンドルヒーター、電動式のシート調整機能などが一切排除されています。このため、名ばかりのエントリーグレードとも言えます。
その上、センタースクリーンもたったの8インチと貧弱なルックスです。最低限の装備内容を装着した中間グレードを選ぶと、価格は53000ユーロにまで上がってしまいます。
日産アリアもエントリーグレードでは6つのスピーカーしか搭載されず、レベル2自動運転支援システムであるプロパイロットすら装着されていません。そのため、多くのユーザーは50000ユーロ以上のグレードを選ぶことになるでしょう。
これらの観点を公平に比較すると、Zeekr Xとのコストパフォーマンスの差はさらに広がります。
しかもその上で、Zeekr Xは競合と比較にならないほどの装備内容を持っています。すべてを紹介することはできませんが、電動テールゲート、パノラミックガラスルーフ、ヤマハ製の13ものスピーカーで構成されている音響システム、ステアリングヒーターやハンドルヒーター、シートベンティレーションが搭載されています。
また、シート調整は電動式、スマホのワイヤレス充電器、24.3インチもの大型のARヘッドアップディスプレイがあり、14.6インチもの巨大なセンタースクリーンは助手席側にスライド移動することも可能です。
レベル2自動運転システムは当然標準装備ですし、Bピラーには顔認証機能が搭載されたスクリーンが統合されています。
ただし、唯一残念なのは、中国で導入されている車内冷蔵庫がオプション設定されていないことです。それでも、この驚愕すべき標準装備内容で、それでもなお、日独メーカーの新型EVよりも安いという現実が、ヨーロッパにおけるEV戦争で中国勢が有利なことを示しています。
最後に、今回ドイツとフランスが中国製EVに対する追加の関税措置を巡り対立しているという驚きの動向が確認されました。しかし、正直なところ、既に2023年の段階でヨーロッパで事業展開している既存メーカーが、中国勢の本気のEVたちのコストパフォーマンスに追いつけていないという厳しい現実が見えています。
関税をかけるならかけるで、それ以外の手段であれ環境規制のこじつけでも何でも良いですが、そんな内輪での争いをしている時間がヨーロッパには本当に残されているのでしょうか。
既に欧州自動車産業は、中国勢にマッチポイントを握られている状況です。どれだけ関税をかけても、中国勢には勝てない可能性が高いです。
とにかく、これが現在ヨーロッパで繰り広げられているEVシフトの最前線です。
今、ヨーロッパの自動車産業は、ノルマンディー上陸作戦のように、中国勢の上陸作戦によって正面から突破されようとしています。
Author: EVネイティブ